【昔】姪浜と姪浜炭鉱(早良炭鉱)の歴史!※写真付きで解説します。

『姪浜エリアと姪浜炭鉱(早良炭鉱)の歴史』について詳しく解説します。
博多・天神へのアクセスも良好で、愛宕山・博多湾など自然も近くにある
福岡市西区の姪浜エリアですが、一昔前とはその様相が大きく異なります。

姪浜って今は”ベットタウン”として人気だけど、昔はどういう街だったのか詳しく知りたいな。
そこで今回は、姪浜エリア・姪浜炭鉱(早良炭鉱)の歴史について
「昔と今でどのような変化があったのか?」比較しつつ紹介します。
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姪浜の名前の由来!

「そもそもなぜ”姪浜”という地名が付けられたのか?」皆さんはご存じでしょうか。
姪浜という名前の由来は、今から1800年ほど前、神功皇后が新羅(現在の朝鮮半島)遠征の帰路で、この浜辺に上陸され、着ていた衵(あこめ)を洗われたと伝えられ、
それ以来この地域は“あこめの浜”と呼ばれるようになり、それが時代と共に変化し“めいの浜”という呼び方になったと言われています。
姪浜の歴史について

姪浜という名前の由来を理解していただいたところで、次は「姪浜の地誌・歴史」について解説します。
姪浜エリアの「地誌」

今の穏やかな住宅街からは想像しにくいかもしれませんが、姪浜は古くから「政治と商売の重要拠点」として栄えてきました。
もともと温暖な気候で自然災害が少なく、農業・水産業に加え、石炭や石材などの鉱工業も盛んな豊かな土地でした。
その重要性は歴史が証明しており、鎌倉時代の1282年には、九州を統治するための機関「北条探題(ほうじょうたんだい)」の館が、九州で最初にこの姪浜に置かれたほどです。
古くは政治の中心地として、その後は港町・宿場町として、常に時代ごとの賑わいを見せてきたのが姪浜という街のルーツなのです。
姪浜炭鉱閉山後の変化

昭和8年に福岡市へ編入された姪浜ですが、街の景色が最も劇的に変わったのは「姪浜炭鉱の閉山」がきっかけでした。
かつて街の象徴だった炭鉱が閉鎖されると、大規模な再開発がスタートします。驚くべきは、その変貌のスケールです。
- 海と池の埋め立て: 炭鉱の陥落池や海岸線が次々と埋め立てられ、現在の「豊浜団地」や「小戸団地」といった広大な住宅地へと生まれ変わりました。
- 交通の要所へ: 同時に地下鉄の起点・乗り継ぎ駅としての整備が進み、一気に「市内屈指のベッドタウン」へと加速していきました。
現在、私たちが当たり前のように歩いているスタイリッシュな街並みの多くは、炭鉱閉山後の大規模な「街づくり」によって誕生した努力の結晶なのです。
愛宕山と鷲尾愛宕神社

姪浜の街を見守るシンボルといえば、標高68mの「愛宕山」です。この山もまた、時代と共にその名を変えてきた歴史があります。
古くは「鷲尾山」と呼ばれていましたが、1634年、筑前国二代目藩主・黒田忠之公が京都から「愛宕権現」を迎えたことで、今の「愛宕山」という名が定着しました。
その後、1901年に山内にあった2つの神社が合併し、現在の「鷲尾愛宕神社」となります。
日本三大愛宕の一つに数えられるこの神社は、今や県内外から多くの観光客が訪れる絶景のパワースポット。

古き良き歴史と、今の美しい街並みを一望できる、姪浜を象徴する場所となっています。
姪浜炭鉱の歴史紹介

次は、姪浜と縁の深い「姪浜炭鉱(早良炭鉱)の歴史」について詳しく見ていきます。
激動の炭鉱経営時代

そもそも姪浜炭鉱は「姪浜鉱業」という会社によって、愛宕山の北側に開かれました。
大正3年(1914年)に創業した姪浜鉱業は、石油の進出によって閉山する昭和37年まで栄え、
当時は、従業員2,200人(家族を含めると8,000人以上)の炭鉱労働者が居住していました。
愛宕山の海側(豊浜)に本坑があり、小戸神社の東側(西部水処理センター)に二坑があり
福岡市西区の姪浜の発展に大きく貢献しましたが、戦後昭和37年(1962年)に閉山しました。

現在のマリナタウンや小戸公園の辺りは、昔は”ボタ山”だったとは驚きだね。
新規事業の模索時代

炭鉱は閉山しましたが、姪浜鉱業は“早良鉱業”に受け継がれ、その後も存続し続けます。
早良鉱業は西区エリアに広大な土地を所有しており、その利用価値は非常に高く
炭鉱が閉山した後は、それらを有効活用し次々と新しい事業を展開していきます。
その一つが、昭和37年(1962年)に開設された自動車学校「姪浜自動車学校」です。

自動車学校は、炭鉱閉山によって職を失った人々の再就職先としての役割もあったんだよね。
株式会社サワライズ

そして早良鉱業は事業を展開しつつ、合併を繰り返しながら”早良興産”→”早良興業”へと改称し
現在では「株式会社サワライズ」として、福岡市西区(小戸・姪浜・愛宕)を拠点に
- 不動産事業
- 医療事業
- 小戸ゴルフセンター
- 姪浜ドライビングスクール
- テラシス桜花
- あたごはま保育園
など地域の人々の暮らしを支える事業を展開し続け、2015年には創業100周年を迎えています。

サワライズについて詳しく知りたい人は>>『公式サイト』をチェックしてみてね。
現在の姪浜の魅力!

ここまで姪浜・姪浜炭鉱(早良炭鉱)の歴史について詳しく解説してきましたが
現在の福岡市西区の姪浜エリアには、どのような特色や魅力があるのでしょうか?
以前の炭鉱だった時代とは大きく異なり、現在の姪浜は適度な自然と都会的な面を持つ
福岡市内でも有数の“ベットタウン”として人気で、現在多くの家族世帯が住んでいます。

博多・天神へのアクセスも良好で、のこのしまアイランドパークなどレジャー施設も近いんだよね。
(複合商業施設)MEINOHAMA STEPS

最近特に話題になったのが、福岡市西区姪浜にオープンしたお洒落な商業施設「MEINOHAMA STEPS」。
1階がカフェ&薪火レストラン、2~3階がインテリアショップ、4階がスクール、5階に美容室が入っており、多くの地元民から利用される場所です。
このサイト「にしいとevery」では他にも、福岡市西区姪浜のおすすめスポットを紹介しています。
是非他の記事も参考に、姪浜の魅力について知っていただけると非常に嬉しいです!








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